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終末のフール
                                   

休日には映画館という楽しみが数ヶ月前から消えた。
観たい映画がたくさんあった。でも体はひとつ。仕事を辞める勇気もない。
どーしようもなかった。
優先するのは、どこかの世界にいこうとしている父を見届けること。
それだけ。
父は「かあさんはお前のところにいるのか」「雨が降ってきたから傘を持っていかなくては」と亡き母のことを言う。自分で隠し忘れているのに「通帳とキャッシュカードが無い」と騒ぎ、毎月ように銀行に行き新たに発行してもらう。もちろん、歯医者の「予約」などほとんど意味をなさない。
でも、一緒にレストランに行き、父が子供のような笑顔で「美味しい」と目を細める顔を見ると、自分の楽しみを優先しなくてよかったとおもう。
と、同時にいつか自分にせまってくる老いや認知症の恐怖が自分の中に畳まれていく。

いつか死を迎える。
わたしも、だ。

先日、伊坂幸太郎「終末のフール」を読んだ。
5年前に小惑星が地球に衝突し、地球が壊滅してしまうと発表された。世界は暴力と自殺者で混乱し、いよいよ地球最後まで3年を迎えた。そのときを生きている市井の人々の話。
残った人生をいかに生きるか。
あきらめるか。心残りを果たすか。とにかく淡々と静かにいるか。希望を持つか。
むなしさでぽっかりと開いた隙間を埋めようとそれぞれがおもう。
生きていく答えなんか無いよ。生きることなど迷いの連続だから。
そうおもうけど、「死」を意識したときだからこそ、
生きることが明確になってくるのかもしれない。

八編に紡がれた人々の姿を読みながら、ところどころ自分を重ね、怒りとむなしさにため息をつき、ときには脇に追いやっていた気持ちを掘り起こし、遠い人を想い近くの人を見つめ、でも、暖かいものが鮮やかに目の前に現れ、自分のこれからを想像したりした。

小説だから、小惑星の衝突は無いかもしれない。
けれど、死の予告はいつか必ずあるのだから。
| いら | 読む | 11:44 | comments(0) | - |
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