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ディラン『ノー・ディレクション・ホーム』

正直なところ、わたしがディランを初めて聴いたのはブルージーな「LIKE A ROLLING STONE」で、ディランに惹かれたのはサム・シェパードの「ローリングサンダー航海日誌」を読んだころだ。だから、「Like〜」以前のフォークをまじめに聞いたのはだいぶ後になってからという呆れるほどのモグリふぁん。
この映画はそんな私に強烈なパンチをくらわしてくれたのでした。

「転がる石」が賛否両論の的になったことは何かで読んだのだけど、イギリスでの聴衆の姿は初めて観たせいだろうか(「ドント・ルック・バック」未見なので)憤りさえ感じてしまった。ヤジやブーイングの嵐の中で演奏を続けるディランの姿は最高にカッコいいのだけど、胸がキリキリと苦しかった。そして、「裏切りユダ」と叫ぶ人までいたことがショックで。
言葉は発せられたときではなく過ぎてからしか拾われないものなのだろうか。天才は姿が見えなくなってからしか理解されないものなのだろうか。

ブルースロックを始める以前、ウッディ・ガスリーの後継者やフォークの神様と言われプロテストフォークを歌うディランは、時代の寵児として持ち上げられた。けれど、そのときもディランは世界から浮いているように見えたのが印象的だった。天才は風に吹かれながら1歩も100歩も時代の先を転がっていくのだなぁとつくづくおもう。ディランにとってのデヴューからの濃密な数年間はホームを求める旅であったのだろうか。

ライブがすべて、レコードは抜け殻だと言うディランがヨーロッパツアーからライブを止めてしまうわけですが、バイク事故の後「ビッグピンク」の地下室で活動を始めるまでの数年間があったおかげで、息の長い活動が続けられたのかもしれないですね。

Any day now, any day now,
I shall be released.

スコセッシ監督の「ラストワルツ」は大好きな映画だけれど、「ノー・ディレクション・ホーム」もディランを浮き彫りにしたすばらしい映画でした。インタヴューに答える言葉のひとつひとつに歌と同じく力があって、老いてもカリスマ性は健在で、書き留めたいくらいでした。

あ〜・・・カッコいい!
| いら | 映画ーな | 23:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
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