annex irabako

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支配の図って
さいきんになって知ったのだけれど、職場には、とある新興宗教の雇い枠があるらしい。
「だから宗教の話はご法度よ」と友人が笑いながら言う。
なるほどなぁ〜、
噂されている人はまるで支配者のように上から目線で話すし、上司にはロボットのごとく従い、自分に迎合するものには「え、えっー?」とおもうこともあっさり許す。
あらら・・・。
首をかしげるほど自分に甘いし、人には異常なほど厳しいしね(失笑。
やれやれ。
ちと、言いすぎかしらん(笑。
 
「1Q84」の圧巻な部分はやっぱり「さきがけ」のリーダーと青豆の会話の部分でした。
リーダーは自分が死んだところで、周りがほっとかない、周りは動き出すと語るのがぞくっとするほど怖かった。

リーダーとはリーダーの資質というものが重要ですよね。
そこに僅かでも曇りがあるとしたら、それは善と隣り合わせにある悪を導きだすのは易く、
リーダーの思惑を超えた部分にまで発展、拡散する危険性は大なのではないでしょうか(思惑がツボにはまったと思うリーダーもいるかもしれないけど。)
そして、たとえ曇りのない清らかな教えを説くリーダーだとしても、同じ危険性は孕んでいないとは言えないでしょう。
わたしは宗教の入り口さえ解っていない凡人だけれど、
妄信する信者を左右してしまう、波みたいなものがじつは一番怖い。
「あれ?おかしくない?」と思考する信者がいたとしても淘汰されてしまうことが。
 
今日、柴田元幸編集の「モンキー・ビジネス」で村上春樹のインタビューを読んだ。
ページをめくっていると「1984」のジョージ・オーウェルの「象を撃つ」が翻訳されていたので、これも読んでみました。
 
ビルマの植民地で警察官として働くイギリス人の「ぼく」の話。
飼い主の手から逃れて、人を押しつぶし暴れる象を追いかけた彼は、発情がおさまり老婆のようにおとなしく草を食む象を見つける。
ライフルを持った、たった一人の自分の後ろには2千人近い群集(武器を持たない原住民)があり、無言の目があり、彼は「撃つ必要がない」とおもいつつ撃つのです。
 
宗教とは離れていても支配という一点において、
なぜか「1Q84」を思い出してしまいまいた。
わたしはたぶん支配されていないし、支配するという言葉からは、かけ離れた位置にいるとおもう。無意識の領域において支配されているのかもしれないですけど。
 
『支配するためには「原住民」に感心されなければならず。そのためには「原住民」を威圧することに、生涯を捧げること、どんな場合でも「原住民」の期待を裏切らないこと、それが白人支配の条件なのだ。仮面をかぶっているうちに、顔が仮面に合ってくるのだ。』
(象を撃つ)

やれやれ支配の図って、
支配の図って、、、怖いです。
 

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| いら | 思う | 17:33 | comments(0) | - |
有機野菜
やっぱりというか当然というか
学生時代の友人たちとの京都旅行は「食」が中心だった。
泊まるのはホテルでも食事は「町家」にしようと、朝一番に相談するのは食事の場所。
「若い力でがんばりますよ」と誘う人力車の男の子にいい気持ちになり、青蓮院、知恩院、八坂神社、野々宮神社、大河内伝次郎山荘、清水寺・・・といろいろ廻っても、
メーンは食事。
 町家は、鰻の寝床風の間口が狭く奥深い民家を改造したもの。
中央に坪庭があって、風通しがいい。
不思議とどこの町家も構造が似ていて、トイレの位置まで同じだった。
まったく看板を掲げず、格子戸の上に実物のフォークを飾った「月曜日のフォーク」
ここはイタリアンだったのだけど、味はまぁまぁ。
たまたま臨席に婚かつ中の40才くらいのカップルがいて、女性のねっちこい質問にしどろもどろに答える男性。トリフュの味をより濃厚にしたててくれた(笑。

 

「松富や寿いちえ」は「おばんさい」を頂けるとあって、一番楽しみにしていたお店だった。「おばんさい」とは家庭的なご馳走ごはん。
京都産の有機玄米、国産無添加味噌汁はもちろん、京都の有機野菜の料理、無添加のこだわり調味料もグー!
料亭にあるような豪華な食材はないものの素材をいかした薄味で繊細な味に満足なのでした。
具材を説明してくれる男の子も丁寧で熱がこもっていて、
京都の男の子はなんだかやわらかい(笑。

今でこそ有機野菜ブームだけれど、
じつは、わたし、25年くらい前に有機野菜にのめりこんでいた。
当時、隣家は有名な俳優さん一家がいたのだけれど、
そこには火曜日は「なが○○兄弟商会」土曜日には「やまぎし」が売りにきていた。
曲がった胡瓜や虫食いだらけのキャベツを喜び、おいしい卵や牛乳を求めていたのだ。
遠方まで車で出向き、酵母で焼いた硬いパンをまとめ買いし、農家の人にたのんで無農薬の果物も手に入れていた。幼い子供の口には安全なものを、そう思っていた。

今日「1Q84」の一巻を読み終えた。
あのころはたしかに1984年ころで、
わたしはうすうす兄弟商会が左翼崩れであることも、「やまぎし」が特殊なコミュニティであることも知っていたとおもう。
だから「買う」と言った友人もいた。
 
「1Q84」は明らかにオウムとエホバの証人とおもわれる団体がでてくる。
わたしは新興宗教にのめりこむということはできないけど、なぜか関心は深く、
なぜ、かれらはのめりこめるのだろう?が、今も続いているらしい。
春樹さんの小説は、いつものことだけど、ぐいぐい引っ張られる。
1984年ころの光景がリンクし、熱を帯びて頭の隅で脈打っていた。
虚構の世界と現実が折り重なり、つれていかれる。

ここは見世物の世界
何から何までつくりものでも
私を信じてくれるなら
すべてが本物になる。

"It' Only a Paper Moon"

もったいないことに一巻を二日で読んでしまった。
二巻はもっとゆっくりたのしんで読もう。。。。
| いら | 思う | 19:32 | comments(0) | - |
Lost Without Your Love
砂漠の中をうろうろしているような日々のなか、
「あの日の指輪を待つきみに」のようなラブストーリーを観ると、
なんだかハッとするほど新鮮で、灰になるまで女!などと書いていたことをおもいだした(笑。
8年くらい前だけれど、恥ずかしくなるほど過去の恋を想い、
まだ恋という文字を掴んでいたころのこと。
「あの日の指輪を待つきみに」は50年の歳月が過ぎても、まだ「愛」が鮮明に輝いているという美しさがあって、歳を経てしまったからなのか、恋を忘れた日々が哀しいのか、理由のつけられない温かいものが頬を伝っていた。
エイミー・ピアソン

| いら | 思う | 22:40 | comments(0) | - |
国立散策
11時の約束で、南武線「谷保」に着くと、改札の向こうでボタとチエが手を振っていた。
「早く着いちゃった。じつはおしゃべりしていて立川まで行っちゃって、戻ってきたのよ。」
半年ぶりなのに、何年も会わなかったみたいに笑顔がいっぱいで、わたしたちの歴史の深さにわたしも苦笑してしまう。
わたしたちは谷保から国立に向かうのだ。
ボタが「5年ぶりかなぁ」チエは「2年前に着たわよ」と言い、わたしの30年ぶりがなんだか哀しい。
国立は18歳だったわたしたちの思い出の地だ。正確には「邪宗門」が、なんだけれど、わたしの記憶は数年前に見た「散歩の達人」の写真に上塗りされていて、店内のランプだけが頭の隅っこにやたら濃く刻印されているし、下田の邪宗門ともだぶっている。それに、その後村上春樹さんの店をK君と訪ねたことが鮮明すぎるのかもしれない。

「松葉杖できたのよね、S君」「そうそう」とボタとチエ。
「あたし、いた?」と聞くまぬけなわたし。
そんな言葉が届かなかったのか、ふたりはS君の思い出に少女の顔になっていて、また取り残されているような気がしてしまう。
憶えていなかった。半年前に会ったときにもS君の友人のF君の話になった時と同じで、たぶん一番関わりがあったのに薄れていた。そして、思い出の箱が閉ざされている理由ばかりがわたしを占める。ずいぶん混乱していたのか「あ!あぶないじゃない、いら!」って呼ばれで信号無視していたことに気ずくしまつだし。



農家の台所」国立ファームはすべてにおいて新鮮だった。とくに「そーめんかぼちゃ」や「ソルトリーフ」は初めての食感で、玉葱ソルトやしいたけソルト、オリーブオイルにつけて頂くだけで、口の中が喜ぶ。今、農業ってずいぶん元気になっているんじゃないかとおもう。今のわたしたちになっているわたしたちは国立の並木道を眺めながら、子供たちの話ばかりで、それでも主婦になってからの友人と話す「子供の話」とは一味違うのだ。

あいにく「邪宗門」は休業日だった。
昭和の面影は残しているものの、大人がくぐれるのかと思えるほど小さな入り口。
「こんなに小さかったっけ」「ねぇー」と顔を見合す。
長い髪に短いスカート、細い体の18歳の少女たちは、ここで倉橋由美子や金井美恵子の本を読み語り、レモンのような恋の秘め事を抱え、共感と裏切りと連帯と反撥でぐちゃぐちゃになりながら友情みたいなものを積み上げていたのだ。

側にある、やはり昭和の香りを残した「ナジャ」で、2時間のおしゃべりをしているうちに、外は雨が降りだしていた。やはりおばさんのおしゃべりは長いよなぁ。

雨の中を、焼き物の店で品定めをしたり、ギャラリーを数件廻り、ハートだらけのわっかい子の店でハートのもろもろを記念に買い、「変わったよね、国立」と昔の国立駅を思い浮かべ、



行き着いたところは「ル・ヴァン・ド・ヴェール
昭和初期の「戦艦 赤城」の野島新之丞の邸宅がフランス料理店になっている瀟洒な建物。レストランウエディングにも使われるらしい。
ギャルソンはあまり親しみやすさを感じないけれど、デザートは超美味しい。少なくとも5回は「美味しい」と黄色い声をはりあげる。テラスに面したテーブルで、ちょっときどって、でも記念の撮影も忘れずに(おばさんっぽい!)ゆったりとすごした。

ふたりと別れて、わたしはひとりで雨の中を歩いて「谷保」に向かう。
見事な桜の木肌が黒々とひかり、つい「この街、好きだなぁ」と声が出てしまう。
わたしたちは、4人が仲間なのだ。ずいぶん以前の日記にも書いたけれど、一番親しい友人は山口県の大島にひとりでいる。つつみかくさず、わたしの事情をすべて知っているデコ。
今夜は彼女に電話をしようと、隙間にくすぶっているものを抱えながら歩いた。



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| いら | 思う | 13:17 | comments(2) | - |
2分間の飛翔
けっきょく雲の隙間から発狂したような太陽が覗いたのは2日間だけでした。
昨夜はふたたびゲリラ豪雨に、ごろごろドッカ〜ン。

ちょうどそのとき「四つの嘘」の最終回。といってもひとり食事のツマとして見ているのですが、これが妙なホルモン刺激がありまして、2回くらいは見落としつつも、ついに最終回を迎えたわけです。内容よりも永作のオーラにとりこまれ、常に白い服を着ているのには意味があるのに違いないと、変なところで毎回悩まされていました。

その後、雨の音を聴きながら、偶然にも恋の歌をしっとり歌い上げている声に聴きいっていると、遠くへ放り投げたものが放物線を描いて戻ってきて、つんつんとわたしの強ばった体を刺しはじめたのです。
夜の坂道になんどもなんども描いたあなたへの言葉が大きなうねりになってわたしの周りで踊りだして、いや、まて、これはどーしたこと、と恥ずかしさと戸惑いで、まるで深い海の底に隠れるようにして、「ありがとう」なんて口から出て、少し涙が滲んだりしました。

セッションでパーカッションを鳴らしながら、体を揺らして時を滑っているのも好きですし、職場のボス女のこけおろし話も、蛙のHする話も孤独を拭ってくれます。女だけで飲み明かす狂乱は、この世に男なんていらないと思わせてくれるほどはじけてて楽しいのですが、恋はたとえ残像でも飛翔させる力があるってことでしょうか。
たった2分間のできごとですけど、
わたし、白い服を着ていたようです。

化粧をていねいに落とし、鏡のなかにいるわたしに舌を出し、仕事のスケジュールをながめ、ベットに入り、お騒がせなゲリラ豪雨は遠くに去ったころには、恋の歌も忘れていましたが。あはっ。

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| いら | 思う | 11:55 | comments(0) | - |
見えていたものが見えなくなって
雨、上がったの?
虫の声がする。

今日まで、雨音で寝付き、雨の音で目覚める日が続いていた。
夏の香りが凄い勢いで消され、毛布を取り出しその感触に肌がゆるゆる。
でもなぁ〜まだ8月なのですよ、夏に消化したいものがまだくすぶっているのですよ、と、うらめしくも静かな視線を濡れた木々に向けたりもして。

感動したり、ため息をつきながらオリンピックが終わった。チベットがどーとか北京がどーとかは棚上げしていたけれど、じつは私的(死語?)には空虚にして幸せな時間だったのかもとおもう。だって心に空き瓶を作って、混じりけの無いものを少しずつ満たしていくみたいだったのですもの。
それに、選手たちの口から出る「夢」という言葉が出るたびに、どろりとしたものが浄化されていくみたいで。そーだ、夢なんだ。夢。ずいぶんそんな言葉からかけ離れたところにいたなぁー、なんて。すると、わたしはジャンプして、稚拙にも「アリゾナドリーム」に導かれ、繋がり、エレインの姿が目の前に現れて。

彼女は空を飛ぶのが夢で、羽根をつけてバタバタしている変人に違いないのだけど、夢をあきらめない。夢にはまりすぎると逝ってしまうけれど、見えていたものが見えなくなることこそ、哀しいことで・・・。
「アリゾナドリーム」には、夢なくしては生きることがかなわぬ人間という愛おしい生き物への慈愛に満ちた眼差しが満ちていた映画だったのだ、と。

あ〜〜〜、、、オリンピックと繋がってませんか?(笑。
なぜかしら?(オバカだからです!)

この数日の雨、じつはわたしの中でとても静かに降っていた。
足音をたてないようにしている音はしていたかもしれないけれど、
こっそりと、深く、時空を超えた旅をして(苦笑。

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| いら | 思う | 01:26 | comments(4) | - |
後ろを向く
怒りで震わせた唇、炎が飛び出しそうな瞳。
何を勘違いしたのか、巨大な妄想にとりつかれたのか、kさんがわたしを見据えて、言葉にならない言葉を吐く。呆気にとられたわたしは彼女の言おうとしていることが理解できない。

「彼女、ば〜かだから、頭おかしいのよ」と言った人がいるけれど、わたしはじつは別のところで感心していた。面と向かって他者を攻撃できること。感情を露出してぶつけることができること。すごいなぁ、えらいなぁ。よくできるなぁーって。わたしだったら胸の奥で転がして、あばれる感情にけんめいに水をかけ、攻撃的では無いシャーベットのような言葉をさがしちゃう。

いつからだろう、そーなったのは。。。

彼女みたいに抑えきれない感情をたれ流した時期もたぶんあったとおもう。ごくごく近い人には面と向かって攻撃することもあったとおもう。なのに、今はどうにか違う道を探そうとする。上手く逃れる道を探し当てようとする。そして、背を向けて丸くなろうとする。
以前はそういう人を「ずるい」とおもったような気もする。ちゃんと目を見てくれないから「酷い」とおもったような気もする。

だからわたしは今、ずるくて酷い人になっているのかもしれない。
気持ち悪いのに小さな勝利だと酔い、これでいいのだという囁きに耳をかたむけ、
それでも自身はぼろ雑巾で、
少し痛い。

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| いら | 思う | 23:55 | comments(7) | - |
わたしと娘のちっちゃな旅2


亡き母の実家には大人が両手を広げたくらいの大きさの大黒柱があった。江戸時代から続く地主なのだけど、襖も囲炉裏も床の間もここと同じだよと、つい子供の頃に浸って語ると、娘はまるで無邪気な子供のように囲炉裏の前にちょこんと座り、
にっこりとすると「ママ、こんどお墓参りにいこうね」と言った。

白川郷は
きっと秋のほうが素敵なんだろう。



透明なんだよ。ひとつひとつの石がくっきりと見えるくらい凄く透明、感動しちゃった、とメールをすると師匠は「カナダの水は鉱物が溶けていて青いよ」と返信してきた。師匠は毎年シアトルに行くけれど、必ずカナダまでドライブするらしい。いつか連れていってほしい。

しかし、こんなに透明な河を見ていると胸がきゅんとする。水を見ていると飽きない上に、河の音まで透き通って耳にしみこむ。体が羽のようになって舞う。
数日一緒にいると、娘の顔がいつのまにか少女に戻っているし、
時間よ、止まれって叫びたくなった。

上高地は美しい。時間よとまれ!

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| いら | 思う | 00:05 | comments(2) | - |
わたしと娘のちっちゃな旅1


溜め込んでいたおもいを涙とともに吐き出しているのに、父親はきっと理解していない。娘の絶望がわたしを貫く。
消え入るような声で彼女が初めて望んだことを
わたしは実現しようとおもう。

夏に黒部ダムは放水するという。
その力強さをわたしたちはいつまでも見ていた。



帰宅して不鮮明な携帯写真を見ながら、くっきりとした虹が再び胸にひろがる。こんな情けない親から、どうして虹のような心を持ったあなたがそこにいるのだろう。

眼下に見える放水によって作られた虹。
消えないでほしいと。



わたしの深いところにあるいくつものヒダには薄汚れたプライドやエゴばかりでなく、たぶん真っ白いものもあると信じる。それをすべてあなたにあげる。いくつもの感動と喜びを与えてくれたあなたに。

根雪が山の形をくっきりとみせている。
こんなに晴天で、くっきりと山が見えるのは珍しいという。
きっと、日ごろの行ないがいいからだね、と苦笑した娘。
うん、絶対そーだよ。まちがいないから。

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| いら | 思う | 23:34 | comments(0) | - |
あのころを取り戻した熱い夜


ライブってやっぱりいいなぁ。
久しぶりだったけどついノリノリ。

先日は月二回のセッションの日で、お店の隙間からロックががんがんと漏れていました。雑然とした店の中にいると、みんなマイ楽器持参で、後からやってくる人も楽器を抱えているのです。そして、片隅に集まると、あっというまに曲も決まり、さてセッションです。ロック、ブルースから始まって、最高に盛り上がったのはジャズ。管が3本、ギター、ベース、ドラム、ピアノ、パーカッション。初めて会っためんめんが一緒にジャズを演奏する!その見事な音楽会話にひきこまれてしまった。友人(オーナーの妹さん)は歌を披露。「イパネマの娘」だったけれど、次にくるときには「サマータイム」を歌ってほしいと注文しておきました。

後で聞いたところによると、アマに混じってセミプロ?もしくはプロの人もいるらしい。それぞれがバンドを持っていても、このセッションの魅力が足を運ばすのかもしれませんね。
お酒もお料理も美味しいし、狭い店内でなんだかみんな知り合いになる場の魅力もあって、とても楽しかったです。ちなみにトイレがセッションする舞台にあるので、トイレに行くたびにライトを浴びます!(笑。

ほんと、音楽って老若男女の共通言語です。うらやましいぃー。
歌でも練習しようかしら。
I Wanna Be Loved By You(M・M)とか。なんちて(うそ。

Jako/Hen

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| いら | 思う | 19:35 | comments(0) | - |
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